古川裕倫の「いろどり徒然草」7月号

人は死に方は選べないが、生き方は選べる
~危機をチャンスに変えた男たち~

あれから6年4ヶ月。
 
東日本大震災でほぼすべてを失った気仙沼の水産加工メーカーが、驚くべき速さと決断力で再建を果たし、明るい未来を築こうとしている。志高く、熱い思いを持ったビジネスリーダーたちから筆舌に尽くせないような大きな感動をいただいた。

この6月4日・5日、中井ビジネスコンサルコンサルタント(東京都千代田区、中井英一社長、69歳)の特別企画として、勉強会会員が気仙沼を訪れた。私も参加させてもらった。中井氏の東京での月例勉強会には、50−80人が参加しており、今回の気仙沼ツアー企画には26名が参加した。このように人が集うのは中井氏の人脈の広さと、人間力の高さが理由。わかりやすくいうと、笑顔のいい熱血オヤジである。

中井氏は、もともと三井物産に勤務していたが、縁あって、株式会社オークネット(東京港区、藤崎清孝社長)に転職、同社副社長を15年勤めた。

中井氏は生家が津波で完全に流されてしまった故郷気仙沼に貢献すべく、震災後すぐにオークネットを退社し、まだ交通が遮断されている頃から気仙沼に足繁く通った。なんと今日まで東京・気仙沼間を何と85回も往復している。

気仙沼には、地元の優れたリーダーたちがいた。東日本大震災で壊滅的打撃を受けた水産加工メーカー19社が気仙沼鹿折(ししおり)加工協会という組合を立ち上げた。

理事長の川村賢壽氏(株式会社かわむら代表取締役、67歳)と副理事長の臼井弘氏(福寿水産代表取締役、66歳)が中心人物。お父様同士も地元で同じ鰹節のビジネスをされていて、川村氏と臼井氏は幼い時からの顔見知りであった。その後、川村氏はワカメやイクラの加工メーカー、臼井氏はフカヒレメーカーとして事業を開始し親交を深めた。津波直後はどちらも事業再開を一時はあきらめていたが、川村氏は、イクラの原料である鮭が収穫される10月までに、複数の施設を修復・新設することを決意した。意気消沈していた臼井氏を勇気づけ、ともに手を取り合って再建しようと誓った。所謂「戦友」である。

かわむらは、震災前に気仙沼と「奇跡の一本松」で有名な隣町の陸前高田に合わせて26か所の生産・貯蔵施設を持っていたが、そのうち22の施設を失った。損失金額は80−100億円という。

再建準備を進める障害は、冷蔵庫の在庫であった。震災直後に2割ほどの従業員が気仙沼から他の地域に引っ越していったが、かわむらに残った社員たちは会社の復帰に大きな期待をかけていた。電気が来ない冷蔵庫では、魚が腐り異臭が立ち込める中で清掃作業をしなくてはならない。冷蔵庫から仮事務所に戻ってくる社員の体からも強烈な匂いがする。2ヶ月間もひたむきに清掃してくれた社員に川村氏は、心から感謝した。

我々がお邪魔をした新しい施設は、とにかく綺麗で機械設備も鏡代わりに使えるほどピカピカに掃除されている。従業員は礼儀正しく、親切。5S(整理・整頓・掃除・清潔・躾)がしっかりと効いていると感じる。

川村氏は、講演の中で一冊の本を紹介された。ガンで闘病中のオークネットの創始者藤崎真孝氏が残した「正見録(しょうけんろく)」という経営の要諦を綴った本であった。例えば、社員の信条として「易きになじまず難きにつく」(楽な道と困難な道があれば、困難な道を行け)、経営者の信条として「事業とは顧客の創造なり、人に喜ばれてこそ会社発展する」など。川村氏はこれらの言霊を心の支えとして困難を乗り越えてきたという。オークネットは災害直後からCSR活動の一環として多くの社員を気仙沼に派遣していた。

大変僭越ながら、最近の多くの日本企業は「あまえ、ヌルマ湯、ポアーンの如し」であると私が(偉そうに)申し上げているが、この日はまったく違う企業を拝見した。川村氏は笑顔が素敵ではあるが、目力がある。危機を乗り越える勇気と信念を持った本気のリーダーである。偉そうにしている大会社の安物の社長とわけが違う。「ポワーン」としている会社とは違う。哲学がある。志の高さが違う。そして決定的に違うのは「危機感」。

かわむらの会議室には、「社員の条件」という掲示がある。その項目の中にこうある。「挨拶、当たり前のことを徹底して身に付けよ。挨拶できなくて一人前になれるわけがない」「整理整頓、上手な整理整頓が仕事の生産性と能率を向上させる」。さらに「以上のことができて初めて社員の資格あり」とある。

立派な会社は、社員教育をきちんとしている。従業員指導が徹底していて、ちゃんとモノが言えている。

「会議に出たら必ず発言、沈黙は「禁」なり」とユーモラスな掲示もある。部下も人前でモノ言える人となるべし。

その他、もっと多くの会社や個人がこの気仙沼のプロジェクトに直接・間接的に貢献されているが、この紙面の事情でご紹介できないのが残念。

冒頭の「死に方は選べないが」とは、今回の震災のように自分の意思とは全く別の理由で亡くなる人もあるという意味。しかし、どう生きるかは本人次第。深い言葉である。

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古川裕倫の「いろどり徒然草」6月号

部下にモノ言えないシンドローム
~日本企業の基本の基本がおかしくなってきている~

「部下を”キチンと”指導していますか?」という問いかけに、どれだけの人がYESと答えられるだろうか。

知り合いの企業経営者の悩みのいくつかは、「ポワーンとした社風」についてである。どこか危機感が薄く、現状に満足してぬるま湯に浸かっている。変化を嫌い、イノベーションをしない。

確かに社員自身も改めるべきだが、どうやらマネジメント側にも責任はありそうである。

「しない・できない」の理由に、「忙しい」がある。では、ポワーンとした社内のその「忙しさ」とは何か。

その正体の1つは、相手にモノが言えないために起こる、コミュニケーション不足であるとわたしは思う。例えば、求める仕事の質はどれくらいか、納期はいつか、などの必要な情報が共有できていない。同じミスを繰り返す部下に、指摘ができない。 常日頃から、正しいことと正しくないことについて指導ができていない。だから、社内はいつも右往左往する。ロスが増え、どんどんどんどん「忙しく」なる。「忙しい」から、チャレンジが減る。ますます社内はポワーンとする。

生産性高く仕事を進めるためには、社員一人一人が当たり前のことを当たり前にできることが大切である。それにはコミュニケーション、つまり、マネジメント層からの適切な「指示」や「指導」が必要だ。知らない人にはきちんと教え、気付かない人には言って聞かせ、時に叱り、仕事の厳しさも教えなければならない。仕事に緊張感を持たせ基本を徹底させることは、マネジメント層の責務である。

それができないのは、能力が不足しているからではない。多くは、「部下にモノが言えない」と言った基本姿勢に問題がある。部下と向き合わず、腰が引けている。部下から逃げているとも言えなくはない。

「三遊間のゴロをとりに行け」とは、以前お世話になった経営者の方がよくおっしゃっていた言葉だ。三遊間のゴロとは、野球で三塁手とショートストップ(遊撃手)の間に落ちた球のことだ。自分もとれるが、向こうの選手もとれる。自分が飛び出してうまく拾えればいいが、失敗すればひんしゅくを買う。つまり、できればとりたくない球であるが、そう言う球(仕事)こそ積極的にとりに行きなさい、というのが彼のメッセージだ。部下には耳の痛い言葉だが、ことあるごとくそう発信される。だから、部下も嫌な仕事から逃げない。逃げないから、鍛えられる。

もう30年は経っていると思うが、「コーチング」が大ブレークしている。プロスポーツ選手の育成に由来する指導方法で、上手に活用できればその分大きな成長を期待できる。

昭和のスパルタ教育時代も終わった。「うさぎ飛び」や「水を飲まずに運動せよ」などはただの精神修養だけで、医学的根拠はないことが分かっている。前のメルマガでもご紹介したように、1980年代には「堤義明が語る 休日が欲しければ管理職を辞めよ」と言うタイトルの本もあった。今こんなことを言えば「ブラック企業」のラベルが貼られて大問題となる。「パワハラ・セクハラ」への理解・関心も高まっている。

しかし、はき違えてはいけないのは、「セクハラ・パワハラをしないこと」と、「部下を甘やかすこと」は違う。人材教育には時に「叱ること」も必要なのに、コーチングという名のもとに、猫も杓子も「君ならどうしたい」という風潮もある。確かに、それなりの人を鍛えるにはコーチングは効果的だが、ほどんど知識や経験のない新人や若手の場合は、ティーチングによって指導する方が効率的だ。相手にヒントを与え気付きを待つやり方も自発性を養う意味では悪くはないが、それにかかる時間も考えなければならない。常に競争環境にある企業は、社員教育にもスピードと生産性が求められる。どうすれば短時間で新人教育を行えるのか、アドラー心理学論者に聞いてみたい。大企業の人事担当なども「叱らずに褒める」ばかりの研修しかできないと首を傾げている。

要は、セクハラ・パワハラやコーチングを楯に、本来行うべき「指導」から、上司が逃げているのである。「余計なことを言って嫌われたくない」という安易な考えもあるのかもしれない。しかし、自分大事は二の次で、マネージメント層が考えるべきは、会社であり、部下である。

「モノが言えないポワーンとした」日本企業は、世界に置いていかれる。既に多くのグローバル企業が日本で活躍しているが、明確なJob Descriptiionや評価基準を持つ彼らの仕事ぶりはシビアである。コミュニケーションは日本よりずっと簡潔明快・率直なものであり、優秀な企業においては360度評価制度も導入している。マネージャーは同僚や部下から評価され、より多くの指摘やアドバイスを受ける。自分かわいさで仕事をしている場合ではない。より高い成果を出すため、お互いに言うべきところは言わねばならない。

そもそも日本は、控え目というか、思うところを察して欲しいという雰囲気がある。曖昧でモノ言わぬ「腰抜け・腑抜け」のままでは、生産性は上がらない。働き方改革は、日々のコミュニケーション方法を見直す良い機会かもしれない。

上司や先輩は、多くの場合先に退職する。だからこそ、残される部下を過保護にしてはいけない。後で困るのは部下である。これは、親と子の関係でも同じだ。つまり、福沢諭吉のいう「独立自尊」である。

モノを言い合ってでも会社を良くしたいと思う若手も、叱ってくれる上司から学びたいと考える後輩も、大勢いる。むしろ、最近の若手はキャリアについてしっかりとした考えを持っている。転職や独立にどんな経験が必要かも頭の中にあり、成果を出せるようになりたいと前向きである。エスカレーターで上がってきた(我々)昭和人とは違う。中にはちょっと言われてヘコむ者もいるかもしれないが、多くはアドバイスや厳しさを次への肥やしとして成長していく。

「本当の優しさとは厳しさも含む」という、一見時代錯誤とも見えるイノベーションが必要である。過去、自分に気付きを与え、成長させてくれた人はどんな人だったか、振り返ってみてはいかがだろうか。

「今嫌われても将来感謝される上司」、「ピシッとモノ言えるマネジメント」になろう。

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古川裕倫の「いろどり徒然草」5月号

読書の効用
~月額数百円のビジネススクール~

「馬を水飲み場に連れて行くことができても、水を飲ませることはできない」

「役に立つから」と親や先輩がいくら言ったところで、読書をしない人はしない。今でこそ偉そうに本を書いている私も、そうだった。

転機は、38歳の時だ。

「君、2ヶ月後にはニューヨークだろう。これを読んでおきなさい。」
私のメンターの一人であり当時の上司であった島田さん(現、津田塾大学理事長)はそう言って、山積みの本をドーンと私の机の上に置いていった。ちょうど、私の海外転勤が決まった頃である。経営書だとか、情報通信の本だとか、とにかく色々なジャンルの本が入っていた。

当時の私は、例えるなら”機関車”だ。「よく働く」とは言われたが、「頭がいい」と言われたことは1回もなかった。要するに、何も考えず、ただ一生懸命働いた。ずーっと残業したり、土日も出勤したりしていた。研修へもほとんど行かず、本も読まず、学びと言えばOJTだけだった。

だから、いただいた本を読んだ時は、新鮮な衝撃を受けた。「点」でしか分かっていなかった物事が、「こういうことだったのか」とどんどんと繋がっていく。全て読み終え、今度は自分でも本屋へ行ってみた。一度分かると、なるほど、本の山=宝の山である。

「名経営者には、読書家が多い」が、私の持論だ。なにも「経営者になるために読書をせよ」とは言わないが、学ぶ姿勢を持っている人は、周囲の信頼も得やすい。読書は非常に効果の高い「投資」だ。安ければ数百円で、偉人・先人の知恵に触れることができる。著名人の講演を聞くのに1回数千円から数万円支払うことを考えれば、エッセンスが詰まった本の貴重さが分かる。

◇何故読むか
(1)物事の流れを知ることができる
(2)知識が増える
(3)道理が分かるようになる
(4)自分がしたことのない経験ができる(疑似体験ではあるが)
(5)理解力・説明力・人間力が鍛えられる

◇何を読むか
(1)先人の教え「人は新刊にすぐ興味を持つが、(古くても)良書を読め」。
(2)ビネスパーソン向けお勧めジャンルは、「ビジネス書」「自己啓発書」「歴史書」「自伝」。
(3)書店でパラパラ見て、自分の役に立ちそうなことが2−3個あれば買ってみる。
(4)「易しい本」を選ぶ。「先生」を目指すわけでなければ、英文学なら日本語訳、古典なら現代語訳でいい。最初から難しい原書を買うから読み切れない。興味があるものだけ、原書を後で読む。

◇どう読むか
(1)「自分の考え方や行動」と「本」とを比較しながら読む。
(2)線を引いたり、折り込みを入れたり、「なるほど」「ホント?」
などとコメントを書き込む。
(3)良い箇所、良い本は時間をおいて繰り返し読む。
(4)「つまらない」と思ったら、サッサと読むのを止める。別の本に
取りかかる。10冊中2冊ぐらい「挫折本」や「積ん読」があってもいい。
全ページ読む必要はない。
(5)読んで知識が増えたら、実行に移す。「知行合一」。 

◇どれだけ読むか
(1)まずは最低月1冊読む。2週間に1冊(年間26冊)読めたらなお良い。
読書に慣れている人は、1週間に1冊(年間52冊)を目指す。
(2)2万円ぐらいをポケットに入れ、書店で「大人買い」をしてみるの
もいいきっかけとなる。

◇「時間がない」と言う人は
(1)1日15分、隙間時間を見つける。一冊読むのに3、4時間かかるとして、これだけで2週間に1冊(年間26冊)読める。
(2)本当に時間がないという人は、何かを止めてみる。吉田兼好いわく、「何事も捨てじと取り持てば、一事もなさぬなりけり」。(何事も捨てずに全部やろうとしたら、なにも成し遂げることができない)

人間、1度読書をする習慣が身につくと、後は自然と学び続けるようになる。スキルを磨いたり人間力を高めたり、自己研鑽し続けることは重要である。

ポイントは、「気付き」だ。気付いた時に、人は最も成長する。これは自分だけでなく、部下でも子どもでも同じことであり、本は、いろんな気付きを得るための大変便利なツールと言える。新しい考え方やノウハウをただ「知る」だけでなく、自分のできていることできていないことを新たに発見できたり、他人からもらったアドバイスをより深く咀嚼で
きたりするようになる。対面で言われて分からなかったことも、活字を通してみるとすんなりと入ってくることもある。主催している無料読書会が7月に第100回を迎えるが、上記についてはここでも共感をいただいている。

最後に、以下、「立志塾」で毎月受講生に提出いただいている課題(気づきメモ)を一部抜粋したい。講師含め、会社も職種も年齢も異なるメンバーが、半年を通して意見を交わし合い、学び合う。私自身、受講生から多くの気付きをいただいている。

◇自分は無意識に枠の中だけで物事を考えているのだと思い、驚きました。行動としては、枠の中(コンフォートゾーン)から外に出ようと意識してはいるものの、やはり考え方は枠の中を中心に考えているようなので、意識的に枠の外をイメージしないと、と感じました。

◇ただ業務上優秀なだけのリーダーでは部下はついてこず、他部署や上長の説得を行ったとしてもそもそも人間力が低評価な人物では説得に成功するのはやはり難しい。人事評価に直接的につながらないとしても右脳の面も大事にして両輪を駆使できる人物になりたいと思った。

◇「First come, First served.」スケジュールを安易に変えない。約束を守る⇒信頼につながる。最初に決めた予定をきちんと実行する事は信頼関係を築くのに必要だと思う。

◇M&Aのニュースは株価にも大きな影響を与えますが、M&Aの内容まで深く考える事が出来ていませんでした。M&Aによるメリット、デメリットを考え、目先の業績ではなく長期で見た話を出来るようになりたい。

◇人を説得することが非常に難しいと感じることが良くある中で、自分の理論で説得することに注力してしまいがちだったが、「相手は思い通りにはならないし、変えられないもの」と思えば、すっと腹落ちすることができた。説得に心的ストレスは感じないようにし、また別の進め方を考えていかないといけないと思った。

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【時事】日産 女性管理職10%達成

2017年4月13日(木) 日本経済新聞 15面

日産自動車は2017年4月時点の国内における課長級以上の女性管理職比率が10.1%となり、13年に掲げた数値目標(10%)を達成した。前年の同じ時期から1.0ポイント上昇し、輸送用機器製造業の平均値(16年に1.3%)を大きく上回って推移している。製造現場での管理職育成にも力を入れ、女性が活躍できる職場づくりを進める。

昇格手前の若手女性社員らを対象とする能力開発の取り組みや在宅勤務制度の充実などによって、04年に37人だった女性管理職は17年4月に279人にまで増えた。現在は女性従業員の約8人に1人が管理職として働いている。

日産は「人材の多様性が競争力を生む」との考えに基づき、04年にはダイバーシティを推進する専門組織を設置している。

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古川裕倫の「いろどり徒然草」4月号

自己開示のすゝめ

「自己開示が大事である」とは、手品師マギー司郎さんの教えである。

数年前、彼が子どもに手品を教えるのをテレビで見た。2日間かけて、子ども達は手品をマスターしていく。1日目の終わり、マギーさんは子ども達に「家に帰ったらお父さんとお母さんに自分のダメなところを聞いて来る」という宿題を出した。そして翌日、宿題をしてきた子ども達に、次のような話をする。

「自分が手品をする時には、まず初めにクラスメイトの前で、例えば”宿題をすぐにやらない”とか”食べ物の好き嫌が多い”などと話すんです。そうすると何が起こるかというと、手品をやる側と見る側の心の距離がぐっと縮まる。そうやってから手品をするから、ワッと受ける。だから自己開示というのは、とても大事なことなんですよ」

1ヶ月後ぐらいに彼のステージがあるというので、私は自分の目で確かめてみようと観に行くことにした。まず出てきたのは、Mr.マリックさんだった。車が出てくるような、すごい手品を披露してみせる。その次が、マギー司郎さんだ。ふらふらと舞台袖から出てきたと思えば、マイクに頭をぶつけて笑いをとる。早速簡単な手品をするも、失敗。会場がどっと沸く。そして、「最近よく女房に叱られるんです。後1回だけ、チャンスをください」と言って、もう1度手品をしてみせる。先ほどよりも遥かに難しい手品を、今度はズバッと鮮やかに成功させる。会場が、割れんばかりの拍手に包まれる。心を一にするプロの技に、私は大変感銘を受けた。

私もそうであったように、仕事をしていると、つい知らず知らずのうちに背広の上に「甲冑」を着るようになる。失敗談や欠点はできるだけ外に出さないようにして、身を守る。しかし、先の例のように、その場のコミュニケーションを良きものとしたければ、本来「甲冑」などは必要ない。

「立志塾」でも受講生同士まずは自己開示をすることから始めているが、そうすると、毎回「悩んでいたのは自分だけじゃなかったんだ」との声が聞こえてくる。誰しも悩みは持つものだ、と分かるのは大きい。そこから初めて、肩ひじを張らないコミュニケーションが生まれていく。

イノベーションを起こしたりダイバーシティを推進していくにも、自己開示はいい潤滑油となる。多様なアイディアを集めそれを活かしていくためには、立場・目線を同じくし、ざっくばらんに話ができることが必要だ。確かに、日本は文化的にも「暗黙の了解」を好む傾向にあるし、仕事をする上で逐一全てを話したり聞いたりしていては効率は上がらない。しかし、もう少し肩の力を抜いてお互い話ができたら、もっと解決できる課題も多いのではないか。年齢や役職や性別などバックグランドの違いを越え、より身近から語り掛けてくる相手の言葉に、人は共感したり突き動かされたりする。

「立志塾」に登壇いただいているゲストは、いずれも経営者や役員など企業トップとして手腕をふるわれてきた方々だ。「今」だけに焦点をあてると華々しいが、誰しもがそうであるように、紆余曲折を経ての「今」である。登壇いただく度、そうした過去の紆余曲折を含め受講生に対して爽やかに自己開示をされるから、さすがだ。「生き方」「働き方」について、失敗談を交えながらも、説得力のある惹きつけられるお話しぶりである。

ゲストの1人である石村弘子さんは、外資系IT企業の日本代表をされている。新卒で入社した銀行を3年で辞め、その後専業主婦として10年間アメリカで暮らした。帰国後、仕事については0からの再スタートだったが、色んなご苦労を経て現在に至る。そうして振り返ったご自身のキャリアを、最後は「振り返れば一本道」とまとめられている。一見繋がりがないように見える人生の経験も、実はどこかで繋がっている。まっすぐでもジグザクでも、自分が歩いてきた人生の軌跡は一本である。仕事があるということはありがたいことである。そして、仕事は面白い。

受講生のほぼ目の前という位置で、まさに「ざっくばらんに」ご自身について語っていただくお話からは、人生の選択肢が一つでないことを教えられる。そしてそんなお話を、受講生は我が身と重ね合わせながら聞く。それから最後はやはり、「ざっくばらんに」質問をする。

結婚・出産・育児・介護・伴侶の転勤等、特に女性にとっては、キャリアは複雑に見えるかもしれない。しかし、自己開示によってそれぞれが抱える問題を共有し合ったり一緒に解決策を探したりしていると、複雑な問題もだんだんとシンプルになっていく。

甲冑を脱いで集まってくるのは、敵よりも味方の方が多い。

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